【まとめ】映画 『プラネタリウム』 感想と知っておくべきバックグランド

2017年9月23日から公開される、ナタリー・ポートマンとリリー=ローズ・デップが姉妹役として出演する『プラネタリウム』を一足早く見てきました。
この作品は、ヴェネツィア国際映画祭ワールドプレミアやトロント国際映画祭ガラ・コレクションで上映された話題作。ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディを両親に持つリリー=ローズ・デップをナタリーポートマンが指名し実現されたのだとか。
まるで夢の中にいるかのようなドリーミーな映像美とナタリー・ポートマン&リリー=ローズ・デップのそれぞれの美しさが印象的。そして、それぞれの出会いにより意図せずにお互いの人生に影響を与えていく様子にぞくっと震えずにはいられない作品でした。

映画『プラネタリウム』を見た感想や映画に纏わる事柄をまとめてみました。若干ネタバレにはなりますが、事前に知識として知っていた方が楽しめるかもしれません。可能であれば、まずは1度ふつうに観てみる。そしてその後にここで纏めた情報をインプットしてみるとまったく違った印象をもつのではないかな?と。ぜひ劇場で美しい姉妹と様々な人生を愉しんでみてください。

映画 プラネタリウム の監督は、レベッカ・ズロトヴスキとは?

フランスのソフィア・コッポラとの呼び声も高い、レベッカ・ズロトヴスキ(Rebecca Zlotowski, 1980年4月21日 – )は、フランス・パリ出身の女性映画監督・脚本家。現在37才。2010年に初の長編監督作『美しき棘』ではカンヌ国際映画祭の監督週間部門で絶賛され次世代の監督として称賛された。2006年から脚本家として活動を始め、2009年までに5本の短編映画の脚本を手がけた。

映画 プラネタリウム のスピリチュアリストの姉妹には実在のモデルがいる

この作品の姉妹には、実在したモデルがいるのだそう。それが19世紀に交霊ブームを引き起こした、スピリチュアリズムの先駆者「フォックス三姉妹」です。実在の姉妹は3姉妹で、次女と三女に交霊の能力があったと言われています。そして、野心家の長女がビジネスを仕切るようになったことで一家は莫大な富を手に入れたのだそう。のちに、この交霊はインチキだとか本当だとか様々なうわさが飛び交っており真実は分かっていない。映画内には、この姉妹に関する詳細説明はないのでこの事実を知るとより深く物語に入っていけるはず…。

フォックス姉妹(フォックスしまい)とは、霊と交流できると告白したことで一大交霊ブームを引き起こし、近代スピリチュアリズムのきっかけを作ったとされる19世紀アメリカの姉妹である。アメリカ人家族、フォックス家の3人姉妹のうち、次女・マーガレット・フォックス(Margaret Fox、1838年‐1893年)と、三女・キャサリーン・フォックス(Catherine Fox、1841年‐1892年、愛称は、ケイト、ケティー)の二人を指す。(二人の生年には別の記述もあり。英語版では、マーガレットの生年は1836年。)
彼女らは後に、超常現象・心霊現象の一つとされる、ラップ現象を起こす事が可能な、言い方を変えるなら、死者の霊といわれる目に見えない存在と、音を介して対話や交信できる霊媒師(霊能者)として有名になり、その事が一大センセーションを巻き起こした。また、その現象に対して、当時のマスコミ関係者や大学の研究者を巻き込んでの、騒動や論議となったことでも有名となった。また、この発端となった出来事は、一家の住んでいた村の名をとって、ハイズビル事件とも、研究者の多くの間では呼ばれている。
この出来事がきっかけとなり、19世紀後半から20世紀初頭にかけて顕著になった、交霊会や心霊主義による心霊現象研究が盛んとなった。特に、アメリカやイギリスでこういった研究やイベントが盛んとなり、ヨーロッパ各国や日本にも、研究目的、好奇問わずに広まってゆくこととなる。
(引用:Wikipedia

映画 プラネタリウム の映画プロデューサーにも実在のモデルがいる

フランス人映画プロデューサーのコルベン(エマニュエル・サランジェ)役にも、実はモデルがいる。それが、映画プロデューサーのベルナール・ナタン(Bernard Natan)。彼は、ルーマニアのヤシで生まれたユダヤ人で1906年にフランスに移住し、映画界に名を残した。

1929年2月末、映画プロデューサーのベルナール・ナタン(Bernard Natan)がパテを買収し、その経営権を握った。 ナタンは1886年にルーマニアのヤシで生まれたユダヤ人(出生時の名前は Natan Tanenzapf)で、1906年にフランスに移住し映写技師となり、大戦でフランス軍に従軍した後に「ラピッド・フィルム」(Rapid Film)を率いて快進撃を続けていた。彼がパテを買収した時点で、パテの財政は危機的状況にあった。創業者シャルル・パテは1920年代から会社の資産を売却し続け、その金で株主への配当を増やし続け、会社のキャッシュフローを健全に見せかけていた。シャルルは当時、パテという社名と雄鶏のロゴを、会社の収益のわずか2%という額で他社に売るようなことまでしていた。ナタンが買収した会社はこのような状況であり、しかもアメリカに始まった大恐慌がフランスに襲いかかりつつあるという最悪の時期でもあった。

ナタンはマスメディアから執拗な攻撃(特に反ユダヤ感情に基づくもの)を受け続けたが、パテの財政を健全化して、製作から配給までの垂直統合を進め近代的な映画会社へと改造しようとした。パテ・シネマはパテ・ナタン(Pathé-Natan)へと改名し、アルテュール・ベルネードとガストン・ルルーが経営していた映画会社「Sociètè des Cinéromans」を買収したほか、映画館経営会社を買収しフランスやベルギーでの映画館網を強化した。1930年代前半の大不況およびアメリカ映画の猛攻でフランスの映画会社が次々倒産したにもかかわらず、パテ・ナタンは好調な経営を続けた。利益は1億フランに達し、年に60本以上の長編映画を製作した(これは当時のアメリカの大手映画会社が製作した映画の合計に匹敵する)。

しかし1935年、パテは破産宣告された。会社の拡大を続けるため、パテの取締役会(シャルル・パテもその一員として残っていた)は1930年に1億500万フラン分の株式発行を決議していた。しかし不況の深刻化で株式のうち半分が売れ残った。パテはもはや買う余裕のない劇場チェーンの買収計画を進めねばならず、収益が上がっているにもかかわらずそれ以上の損失を出し続けた。
パテの倒産でナタンはフランスの官憲の取り調べを受けた。ナタンは、担保もないのに企業買収のための資金融資を受けた疑い、ペーパーカンパニーを作って投資を呼びかけ集まった資金を踏み倒した疑い、怠慢から会社の経営ミスを引き起こした疑いで咎められ、さらに改名してルーマニアやユダヤの出自をごまかそうとしたとまでされた。ナタンは1939年に告訴され収監された。収監中の1941年にも告訴を受け有罪とされている。1942年9月に釈放されたが、当時はすでにフランスはナチス・ドイツによる占領下で、フランス当局はナタンを占領当局に引き渡し、彼はそのままアウシュヴィッツへと送られた。ナタンは同年もしくは翌43年にアウシュヴィッツで死亡したと考えられている。
(引用:Wikipedia

映画 プラネタリウム の謎:ケイトの白血病は、コルベンの実験のせいなのか?

映画の中で、コルベンは霊能力をフィルムに収めるため、有害な電磁波を放つ機械をケイトに使い実験をする。穏やかで優しい父親のようなコルベンに純粋な心で接するケイトは危険を知っていたのか、いなかったのか?コルベンも危険を知っていたのか、いなかったのか?ぐるぐると考えているが、どちらも事実は分からないまま物語は進んでいく。そして、最終的にケイトは白血病に倒れてしまう。

特殊能力を持ったが故のそもそもの運命だったのか?実験のせいなのか?ここでも謎は深まるばかり。

映画 プラネタリウム 公式インスタグラム

映画 プラネタリウム インスタグラムアカウント:@planetarium.movie

#プラネタリウム #映画 #ナタリーポートマン #リリーローズデップ #フランス映画 #美人姉妹 #planetarium.movie

公式インスタグラムでは様々な写真が投稿されているので、是非チェックしてみてください。

公式Twitter:https://twitter.com/planetarium_mov
公式Facebook:https://www.facebook.com/planetarium.movie/

映画『プラネタリウム』
http://planetarium-movie.com/
※2017/9/23上映

URL :
TRACKBACK URL :

コメントを残す